建武の新政と、京都からの退場

人物史

鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇は、京都で天皇みずからが政治を行う「建武の新政」を始めた。だが幕府打倒に力を尽くした武士たちへの恩賞は公家が優先され、武士たちの不満は急速に高まっていく。かつての盟友・足利尊氏もやがて後醍醐天皇に反旗を翻し、1336年、天皇は京都での戦いに敗れて都を追われる。大和国吉野へ逃れた後醍醐天皇は、皇位の正統性を主張して独自の朝廷(南朝)を樹立し、京都の北朝と並び立つ南北朝時代が始まった。皮肉にも、その死後、対立した尊氏自身が天皇の菩提を弔うため天龍寺を建立し、多宝殿に尊像を祀っている。

登場人物

後醍醐天皇

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スポット

天龍寺 多宝殿

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旅の物語

攻めるに易く、守るに難しき京都

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