刀伊の入寇――海の向こうから来た武装集団

歴史事件

1019年(寛仁3年)、「刀伊(とい)」と呼ばれた武装集団が、対馬・壱岐へ相次いで襲来した。刀伊は女真系の人々を中心としていたと考えられているが、集団全体の構成については複雑な部分があり、詳細はなお研究が続いている。対馬・壱岐では多くの島民が殺害され、家畜や作物が奪われ、多数の人々が拉致された。刀伊はその後、博多湾方面まで進出し、九州北部の沿岸を襲撃した。この事件は日本の征服や恒久的な占領を目的としたものではなく、略奪と拉致を主な目的とした襲撃だったと考えられている。しかし九州にとっては、これまで経験したことのない規模の脅威だった。急を聞いた大宰府では、権帥(ごんのそち)として赴任していた藤原隆家が中心となり、九州各地の武士団に招集をかけて迎撃態勢を整えた。隆家自身は元々中央政界で活躍した公家だったが、九州赴任後は現地の武士たちをまとめ上げ、刀伊を九州から撃退することに成功する。大宰府という行政拠点があったからこそ、九州は海の向こうからの急襲に組織的に対応することができた。

登場人物

藤原隆家

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スポット

太宰府天満宮

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旅の物語

海の向こうから、そして海の向こうへ

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